京都雑記【16.正道官衙遺跡(城陽市)】(2022.03.16)
今の住いの近くに「正道官衙(しょうどうかんが)遺跡」というのがある。旧知の友人と爺二人で、久しぶりに行楽がてら出かけた。といっても、パック寿司とノンアルビールで数時間しゃべくっていただけだが。
このあたりは久津川古墳群と呼ばれ、前古墳時代からの小規模古墳が散在している。芝ケ原古墳は、前方後円墳以前の最古級の方墳として注目された。ここ正道の地でも瓦片や土器片が見つかり発掘が進められると、古代の複合遺跡であることが分かってきた。そして最も広域に展開した掘立柱建物群跡が見つかり、これは奈良時代初期の官衙遺構であり、山城国久世郡の郡衙が置かれていたと推定される。
官衙とは平城京の出張所であり、都にいたる主要な街道を守る関所や砦でもあったと考えられる。発掘が済まされた「正道官衙遺跡」は史跡公園として整備され、南門や庁屋跡の柱穴には模造柱が建てられ、当時の構造物の骨格が復元されている。そして周囲の遊歩道には、万葉植物が植えられ、それにゆかりの万葉短歌の歌碑がそえられている。
南門から官衙跡に入ると、真っすぐ北に一直線の道が伸びて、正面に政務を執る庁屋が広がる。両側はひたすら平地が広がるだけである。われわれ二人の老人は、都からの使いよろしく庁屋に向かって進む。庁屋に設けられたベンチには、郡の長官ならぬお爺さんがひとりコンビニお握りをほうばっていた。
われわれもその隣に腰かけて、パック寿司を広げた。桜も一部咲きはじめまさに春うらら、国の長官が仕切る位置から南面に広がる空き地を眺めると、万葉の時代のうららかな世界が浮かんでくるようだった。こうやって半日を楽しく過ごしたが、それに掛けた費用はパック寿司など千円以下だった(笑)
あおによし ならのみやこは さくはなの におうがごとく いまさかりなり