2025年5月30日金曜日

#京都回想記#【45.チェインストア担当にも慣れて、峠を越えれば天下】

京都回想記【45.チェインストア担当にも慣れて、峠を越えれば天下】


 丹波地域を担当して半年ほどで地域を把握、営業活動もうまく進むようになった。1978(昭53)年春には長男が誕生し、家族3人での団地生活となった。国道9号線で老ノ坂峠を越えて丹波路に入ると、私の担当地域なので他の社員はいない。夏場の暑い時期などは、亀岡の保津川に架かる橋の下の河原で、エアコンのない営業車のドアを開けっぱなしにして、昼寝してサボるのも平気だった。

 亀岡を越えると、八木町、園部町などの集落があり(現 南丹市)、さらに観音峠という急な峠道を越えて下りに入ると、そこは丹波町の須知という小集落で、その先は「丹波の分かれ」と読んでいた国道9号線と27号線の分岐点がある。この分かれまでが自分の担当地域で、その先は福知山販社の管轄となっていた。




「劇的な、劇的な、春です。レッド」(ベルばら実写映画に協賛/1979春)

「ナツコの夏」(1979年夏)

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